サバクトビバッタは砂の中に産卵する。
野外でバッタがどんなところに産卵するのかを突き止めるのも重要な課題の一つだ。
後々にバッタがどの砂を好むかを調べるために、色んな所から砂を採集して回った。
砂丘でも砂をかき集めた。
この感触・・・
焼けた砂が脳裏を刺激する。
ぼんやりした記憶が鮮明に蘇る。
あれは今から15年前。自分が甲子園に出場した時のことだ。
地区予選では、出場する機会に恵まれず、ずっとベンチを温め続けていた。
陰で、秀吉とあだ名で呼ばれているのは知っていた。
甲子園出場が決まった後、喜ぶチームメイトをしり目に、我慢できずに祝勝会の時に、監督に訴えた。
「監督。自分を使ってください。」
「いいか、お前は代打の切り札だ。甲子園ではお前の出番が必ず来るから腐らずにまってろ」
そう言ってもらったものの甲子園でもベンチスタート。
一点を追いかける展開で、どんどん回は進んでいく。
9回の裏、2アウト、ランナー3塁の場面。
祈る自分の後ろで監督が動いた。
「この時のためにお前を温存してきたんだ。今までのうっぷんを晴らしてこい」
と背中をドシリと叩かれ、送り出された。
場内に響き渡る自分の名前。
一縷の望みが自分に託された。
陽炎でゆらめくマウンドに立っている相手ピッチャーが汗をぬぐっている。
やっとつかんだチャンス。
この打席ですべてを変えてやる。
ただ、今まで打席に立てなかった分、この空気を長い間味わいたい。
じっくりと攻め立て、フルカウントからのサヨナラ作戦でいく筋書きを胸にバッターサークルに向かう。
一球目、二球目ともにストライク。
へっ 攻めてきやがる。
選球眼と粘るのが自分の真骨頂だ。
マウンドにへたり込むまで粘ってやるぜ。
続けて三球目。際どいコースだが、外れたと思った。
その瞬間、審判の右腕がゆっくりと上がり、ゲームセットを知らせる女子の悲鳴が響く。
呆然と立ちすくむ自分を挟み、皆が駆け寄り、整列した。
自分は何のために陰でバットを振り続けてきたのか。
手のひらにできたタコを何度も何度も撫でて自問自答した。
群がるカメラマンの前でかき集めた甲子園の砂。
熱い。なんて熱い砂なんだ。
自分はこんな熱い砂の上に立っていたのか。
人生が変わったのはそこからだ。
頼んでもいないピザが届いたり、寿司が届いたり。
道を歩くと、皆がぶつかってくる。
あだ名も「秀吉」から「お地蔵様」に変わった。
小学生は自分を見つけるたびに、拝んでいくようになった。
軽蔑のまなざしとともに・・・
商店街では、いつもコロッケをサービスしてくれていた肉屋のオッサンも手のひらを返し、コロッケをくれなくなったどころか、肉には骨片が混ざるようになった。
家のコンクリートの壁には、スラム街の地下道に負けじ劣らずスプレーアートが後を絶えなくなった。
結局、家族で街を去ることに。
あの時から、バットを振らなかったことをずっと後悔している。
同じ三振でもフルスイングしていたほうがよっぽど良かった。
それ以来だ。
どんなことでも同じミスをするなら、豪快にフルスイングしていくようになったのは。
今、サハラ砂漠で忘れかけていたフルスイングの精神を思いだしたよ。
この熱い砂のおかげで・・・
成果を出さなければ、この先、研究者として生き残ることができないプレッシャーに毎日襲われている。
成果が出やすい無難な研究をすべきか、それとも新発見に繋がるチャレンジングな研究をするべきか。。
しかし、今一度、フルスイングでチャレンジしていこうと思う。
自分の暑い夏はまだ終わらない。いや、終わらせない。
バッタの謎を解き明かすまで。。。
(今度から履歴書の抱負の欄にコレを書き込もうと思っています。熱意は伝わりますかね?)